『伝え方が9割』を要求分析の観点で考える

『伝え方が9割』
http://www.amazon.co.jp/伝え方が9割-佐々木-圭一/dp/4478017212

大勢の人が関わるプロジェクトでは、いかに正確に「要求を伝達する」ことができるかが非常に重要な要素である。
この本は、そのような「正確な伝達を行う技術」を教えるものではなく、基本的には「要求を受け入れてもらう技術」を教えるものである。 しかし『第2章 「ノー」を「イエス」に変える技術』は「正確な伝達」にも通じる技術であり、とりわけAmazonの内容説明でも紹介されている以下の例については、「要求分析」の観点で考えてみるとなかなか面白い。

「デートしてください」

こう言ってみました。あなたのピュアな気持ちそのままですね。
これだと断られる確率が高いですよね。
ですが、コトバ次第で結果を変えることかができます。

「驚くほど旨いパスタの店が
あるのだけど、行かない?」

こう言ってみました。相手は行っていいかも、と思う確率がぐんと上がるコトバです。

「デートする」というのは、なんらかの要求を実現するための「ソリューション」である。ソリューションがなんの目的もなく発生するわけはなく、そこには必ず「ステークホルダ要求」、デートであれば「一緒に居たい、話したい」などといった要求が存在するはずである。「デートしてください」と言うのは、要求分析で言うところの「ソリューション要求」だけを提示しているのと同じ状態である。親しい相手であれば「ソリューション要求」からステークホルダ要求も想起(トレース)してくれるだろうが、親しくない相手ではそうもいかないだろう。
通常、要求アナリストは「ソリューション要求」だけをもって要求の実現には移らない。要求の引き出しが十分に行われず、要求トレーサビリティが不十分なプロジェクトは、往々にして有名な「顧客が本当に必要だったもの」の図のような結果を引き起こすからだ。そのような結果を避けるために、「デートしてください」という「互いにとっての利害がまったく見えない(見せていない)」誘いを断るのは至極合理的な判断と言える。

「旨いパスタを食べに行こう」というのは、これ自体「ソリューション要求」と「ステークホルダ要求」の両方の要素を持つ。この要求によって実現されなければならない成果は「旨いと思われるパスタを一緒に食べに行った」であり、それ以外の成果はこの要求からは求められていない。これくらい成果が分かりやすければ、誘いも受けやすいのではないだろうか。

要求を出す際に注意することは、なにはともあれ「利害を明確にすること」である。たとえ「相手にとっての利益がない」と感じる場合であっても、少なくとも「自分にとっての利益を伝える」ことは、「一切の利害を伝えない」場合に比べてその要求を受け入れてもらえる可能性を高めるだろう。無論、その内容如何では反感を抱かれる可能性もある。それを避ける必要がある場合、それこそこの本が教える「要求を受け入れてもらう技術」が役に立つところだろう。

ところで、著者は「自分の頭の中(お願いや願望など)をそのままコトバにしない」ことを勧めているが、そのままコトバにした例が「デートしてください」というのは興味深い。「デートしてください」というのは既に言ったとおり「ソリューション要求」であり、お願いや願望そのものではなく、お願いや願望を実現する手段である。つまり人はお願いや願望そのものをコトバにしているつもりでも、実際には頭の中で自然に要求分析を進め、お願いや願望を実現できそうなソリューションの方をコトバにしてしまうのである。